こんにちは! 「なんくるないさ」の本当の意味にふれたように感じたネイネイ(@NEYNEYx2)です。
今回は、第160回直木賞を受賞した、真藤順丈さんの『宝島』を読みましたので、あらすじや感想・レビューをご紹介します。
この作品で戦後の沖縄がたどった道を、あなたも感じてみてはいかがでしょうか。
『宝島』真藤順丈【あらすじ&概要】
あらすじ
英雄を失った島に、新たな魂が立ち上がる。固い絆で結ばれた三人の幼馴染み、グスク、レイ、ヤマコ。
生きるとは走ること、抗うこと、そして想い続けることだった。少年少女は警官になり、教師になり、テロリストになり—同じ夢に向かった。
超弩級の才能が放つ、青春と革命の一大叙事詩!!(「BOOKデータベース」より)
おすすめポイント
戦後の1952〜1972年の沖縄を舞台におさななじみのオンちゃん、レイ、グスク、ヤマコが混乱と悲壮感ただよう中で時代にほんろうされ、抗いながらも懸命にそれぞれの立場で奔走していく。そんな時代を駆け抜けていった者の熱い息吹を感じることのできる物語。
戦果アギヤー
沖縄が米軍の統治下にあった時代に、今日を生きるので精一杯のなか、島には英雄がいたのだという。
アメリカ軍から物資を盗んでくる者たちを「戦果アギヤー」と呼ばれ、奪ってきた”戦果”を貧しい家々に配っている男がいた。それがオンちゃんなのだ。地元のコザでは、みんなから愛され、尊敬と憧れの存在であった。
ウタキ
オンちゃんが次のターゲットにしたのが「嘉手納空軍基地」であった。念入りに計画を練って準備をしていたこともあり、抱えきれないほどの物資を盗み出すところまでは順調だった。
だが、脱出するときになって警笛が鳴り響き米兵たちに追われるはめになる。米兵からの容赦のない銃弾が飛び交う状況で、グスクとレイはオンちゃんや他の仲間たちとはぐれてしまう。
必死に基地への侵入経路でもある破った金網を目指していたさなか、基地の中で「ウタキ」なる緑地に迷い込んだのだ。
ウタキはこの島の聖域。土着の信仰にもとづく拝所(大木、泉や川、森林そのものを信仰の対象とする“ご神体も本殿もない社”ってところかね)。碑のたぐいがあるわけでもないのに、どうしてここがウタキだなんて思ったのか?グスクにもよくわからない。わからないけどそう感じたのさ。
(P29より)
信仰における聖域とされている「ウタキ」が基地の中に存在しているのか謎である。
米兵から逃げるさなか、意識がもうろうとしていて見たまぼろしだったのかは、さだかではないのだとか。
予定にない戦果
キャンプ・カデナ襲撃事件のあとで、オンちゃんの姿を見たという人はいなかった。逮捕されるでも、病院に運びこまれるでもなく、消息がまったくつかめず、まるで神隠しにでもあったようであった。
やっとの思いで消息を知るとされる人物に会えたのもつかの間、病によりこの世を去ってしまう。その男が最後に奇妙な言葉を残している。
「望んだものやあらん。予定にない戦果。おかげで落とし前もつけきらん。計画どおりならいまごろ、おれは、おれはあいつと……」
(P111より)
キャンプ・カデナ強奪は失敗におわったはずであった。戦果もないと思われていたのだが、予定とは違ったなにかがあったようなのだ。
オンちゃんはそれを持ち出し、基地を脱出していたようなのだとか。
感想・レビュー
自分の考え・信念にしたがい行動し、島民の暮らしをより良い方向に進めようとおさななじみは、それぞれの道を歩んでいくが次第に互いに距離をおくようになる。願いは同じはずなのに、疎遠になっていく幼き日の友にどこか寂しさと、もどかしさを感じてしまう。
今もなお続く米軍の基地問題、戦闘機の墜落、米兵のたびかさなる不祥事の犠牲になる島の女や子どもたち。島民による「本土返還」の願いと、本土の人たちとの温度差に、沖縄が抱えている問題の根深さと苦しみが物語を通して痛いほど伝わってくる。
大切なものを亡くす哀しみ、なにもできないもどかしさ、暗い感情にさいなまれて嘆き苦しみながらも、それでも”なんくるないさ”と明日に向かって進んでいこうとする姿には、尊敬の念を抱かせる。
島の者たちの生き様にふれて、生きるということの意味・大切さを問いかけられているようでもある。
まとめ
戦後の沖縄の歴史を知ることができ、島民のやるせなさ・理不尽な思いに触れ、沖縄の問題を考えされられる物語。
今もな沖縄が抱えている問題にふれている、この本をあなたも手に取ってみてはどうでしょうか。
それでは、まったです。 (‘◇’)ゞ
おすすめ記事
コメント